コト オト ログ

音楽のこととか、それ以外とか。自分へのログ的な感じで。

「槍ヶ岳開山」を読んだ。

新田次郎さんの「槍ヶ岳開山」を読んだ。


江戸時代後半に実在された播隆上人が笠ヶ岳を再興し、槍ヶ岳を開山するまでを描いた小説。


その中で「登山は瞑想に近づく一番の道」という述懐が何箇所か出てきて、それが一番印象に残った。

おそらく、登山中に瞑想状態に近づくのは登山中でも稜線に出るまで、 あるいは登攀に近い行動を取っているときではないかと思う。

一歩一歩、また自分の一つひとつの動作に集中している状態、 他のことを考えていない状態が、それに近いと思う。 余計なことを考えない。でも空っぽではなく、適度に集中している。

そうすることで、精神的な疲労が低減、あるいは無くなるというのは、確実にある。

途中や頂上で景色を楽しむ、おやつや食事を楽しむ、体を動かす。

そういった登山の楽しみに、この瞑想に近い精神状態に入れるということも加えられると思う。

作中での播隆上人は、もちろん、より高いレベルで瞑想状態を求めていたと思うけど、 瞑想状態を求めることにより何かを得られるというのは、当時も今も変わらないのかなぁと。

瞑想という点で既に共通点がある座禅も、何も考えないというか、 呼吸に意識を向けることで余分な思考が起きない状態を作れると思うので、 短い時間でも平日にもう少し取り入れたい。 (座禅はiPhoneアプリを使って時々している。)

それにもう少し筋肉を使うのがヨガだったり、ジョギングだったりするのかなぁと、そんな取り留めもないことを色々考えた。

まだ槍ヶ岳には登ったことがない。けど、燕岳に登るときに合戦小屋を超えて、しばらく歩いたところで、大天井岳~燕岳間(?)の稜線越しに槍ヶ岳を見た時の感動が忘れられないので、そう遠くないうちに必ず登りたい。
(そういえば、この本を読む前に「剱岳(点の記)」を再読したときに、剱岳にもそう遠くないうちに登ってみたいと思ったところなような・・・。)

江戸時代(1828年に初登頂)という時代設定だったり、 一揆のときに奥さんを誤って刺殺して・・・というストーリーに 躊躇したものの、播隆上人の修行に打ち込む姿勢だったり、山の先達の 描写だったり、笠ヶ岳の再興についても書かれていたりで、登山に関する小説として十分楽しむことが出来た。